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払暁 [雑文]

 朝、目が覚めると顔にあたる空気がひんやりとしていて、室温が0℃を切ったかな、と思う。枕元に置いてある、デジタルの目覚まし時計に目をやる。温度計付きの液晶に「-1℃」と表示されていた。
 布団に潜り込んで胎児のように体を丸める。
 室温は氷点下でも布団の中はとても温かい。
 掛け布団に顔を押しつけて、ぐいぐいと首を左右に振る。その感触が心地よい。

 午前六時。

 すっかり目は目は覚めているけれど、布団から出る決心がつかない。布団から顔だけ出して、また潜り込み、丸まって寝返りをうつ。

 こんなことを繰り返していても仕方がないと、勢いをつけて布団をはいだ。体が温まっているせいか意外にもそれほど寒くない。
 綿入れを羽織って部屋を出る。水道が凍結していないだろうか。

 二階の掃き出し窓から望む東の空は、そのほとんどが群青で、朝焼けを背景に家やビルのシルエットを幻灯のように映している。夜と朝が上下にくっきり分割されていた。
 ふと下を見ると、年配の男性が犬を連れて歩いている。男性は毛糸の帽子にマフラーに耳あて、ダウンジャケットを着こんでいて、しっかり防寒している。
 連れている犬もダウンジャケットを着ていることに、少し驚く。
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雨傘 [雑文]

 玄関を出たところで、ぽつりと顔に雨粒が当たった……ような気がした。空を見上げて、しばらくじっとしてみたけれど、それ以上、雨の気配は感じられなかった。空にはどんよりと、灰色の雲が重たく垂れ込めている。
 傘立ての傘を手にして、そのままバス停へ向かった。出かけるなら念のため、傘を持って行った方がよいと思わせるような空模様だった。もう日も暮れる。今夜は冷え込むことになりそうだ。

 五分遅れでバスが来た時も、まだ雨は降っていなかった。駅までの道のりはバスで十分ほど。吊り革につかまって車窓から外を眺めている間も、雨は降りださなかった。今度、折り畳みの傘を買おう、と思う。

 終点の、駅の停車場に着いてバスのステップを下りた。
 外に出たところで、ぽつりと首筋に雨粒が当たった。
 大した雨ではなかったけれど、ぱらぱらと降り始めた雨は、濡れるにまかせるには鬱陶しい降り方で、仕方なく傘を広げる。
 傘の先で尻から糸を引いた、小さな蜘蛛が一匹揺れていた。傘立ての中で、閉じた傘のすき間から入り込んだものらしい。指で糸をつまんで、脇の植え込みへ落とす。
 人間にとってバスで十分ほどの移動だけれど、蜘蛛にとってはたいそうな距離だ、と思った。
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鳴神 [雑文]

 夜道を家へ急いでいたら、正面の空が光った。真っ暗な空に、真っ黒な入道雲のシルエットが一瞬浮かんで消えた。少しの間があって、雷の鳴る音が遠くで聞こえた。

 家に着くまで降ってくれるなよ。

 祈る気持ちで歩きだすと、自然と早足になる。
 その後も空は度々光るので、巨大な入道雲のシルエットを何度も見ることになった。夕立を起こし損ねた夜の入道雲は、水分をたっぷり含んだ大きな体を持て余し、八つ当たりをするように、こんな時間に大雨を降らせたりする。

 勘弁してくれ、という思いもむなしく、アスファルトの上に雨粒が落ち始めた。
 大粒の雨は、アスファルトにぶつかると驚くほど大きな音をたてる。雨が激しくなるにつれ、ほこりの匂いが強くなる。

 雨の匂いだ。

 家まであと少し。その少しの距離を走るように急ぐ。家に着いた途端、雨は猛烈な勢いで降り始めた。窓から外を眺める。
 アスファルトに跳ね返る雨が、街灯に照らされて水煙を上げている。見ている分には涼しげで、実際気温も下がったような気がする。とりあえず、あの豪雨に合わずに済んでよかった。

 まず、シャワーを浴びようと思う。
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啓蟄 [雑文]

 午後の半日を部屋で本を読んで過ごした。
 部屋の中が薄暗いと感じて時計を見ると、午後五時になるところだった。
 本を伏せて立ち上がって、部屋の障子を開けてみる。
 南に向いた窓の外は、右手から低くオレンジ色の日が差していて、部屋の中よりずっと明るかった。結局今日は、朝に新聞を取りに外へ出ただけで、一日家の中にいた。朝は低く灰色の雲が垂れ込めていたけれど、今は晴れている様子だった。

 体が思いっ切りなまっているような気がして、外の空気を吸いに玄関へ向かう。
 外に出てみると、家の前のアスファルトの道路が濡れていた。
 雨が降ったことに気がつかなかった。
 雨上がりの空気を吸って、伸びをする。
 肩と首を回して、少しは体を動かした気分になる。
 急に空腹を感じて、酒とアテを買いに行こうと思う。

 玄関に戻りかけたところで、甘い香りが鼻をついた。
 覚えのある匂いに、裏庭へ回ってみると沈丁花が咲いていた。
 立春を過ぎてから暖かい日が続くと思っていたけれど、早や啓蟄か。
 春の宵に明るいうちから飲む酒はうまい。
 飲む前に風呂に入ろうと思う。
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山蟻 [雑文]

 濃い緑の葉を四角くきれいに刈り込まれた生け垣は、板塀のようにも見える。
 道路に沿って続く生け垣は、小学校の敷地内にあって、私の背丈よりずっと高い。
 幹の下半分には枝葉がないから、目隠しの役には立っていそうもなかった。
 低いフェンスの向こう側に並ぶ様子が、何かに似ているように思った。

 通勤帰りのある晩、通りかかると生け垣に、赤い花が一斉に咲いていた。
 その日にいきなり全部が咲いたはずはないから、今まで少しずつ咲いていたのだと思う。それに気がつかなかっただけなのだろう。

 赤い花はうつむくように咲いていた。
 真ん中に黄色の大きな蕊がある。
 街灯の弱い明かりで、闇の中にぼうっと浮き上がるように連なっていた。

 ぽとり、という音の気配がした。
 振り返ると、首を落とされたように赤い花が道端に転がっている。
 落ちた花は、白地に赤を墨流しにしたような模様をしていた。
 つまみ上げ、花の中をのぞき込むと密集した黄色い蕊が、もぞもぞと動いた。
 中から山蟻が顔を出した。
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木犀 [雑文]

 茶の間の窓を開けたところに、ブリキ缶のごみ箱が二つ置いてある。フタのある、昔ながらの、両手でひと抱えもあるブリキ製のゴミバケツ。今はほとんどその役割は、ポリバケツに取って代わられている代物。一つには空き缶、もう一つには空になったペットボトルを入れる。

 その朝も、前夜に飲んだ缶ビールの空き缶を、ブリキ缶に入れようと茶の間の窓を開けた。ほんのかすかにいつもと違う空気を感じた。そのわずかな違いが何に由来するのか、その時は特に何も考えることなく窓を閉めた。

 その翌日、朝の空気を部屋に入れようと窓を開けた時、前日のことなどすっかり忘れていたのだけれど、やっぱり何か違うように感じた。大きく息を吸い込むと、その違いがかすかな匂いだと気がついた。匂いに気づいたものの、今度はそれが何の匂いだったのか思い出せない。かすかな匂いなので、ふとした拍子に鼻先から逃げてゆく。確かに覚えがあるはずなのだけど、思い出せそうで思い出せない。

 あ、キンモクセイの匂いだ。
 そう思いついたのは、その日の昼飯を食べている時だった。
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秋眠 [雑文]

 エアコンのない部屋で、夏の間はずっと窓を開け放して寝ていた。だいぶ涼しくなってはきたけれど、何となく習慣みたいにまだ開けたままで寝ている。たまに蒸し暑い日もあるけれど、そういう日でも夜には少し冷えるので、夏掛けを厚い布団に替えた。

 夜明け前が一番冷え込むという。
 朝起きた時、布団から腕や足を出すと敷布団のシーツがひんやりとして気持ちがいい。うつ伏せになって、顔をシーツにこすりつけたりしても気持ちがいい。

 熱帯夜の寝苦しかった夜を思い返すと、今はとてもよく眠れるようになったのだと思う。暑かった頃は、それと意識していなかったけれど熟睡できていなかった気がする。それで起きていてもどこかだるい感じがした。食欲は落ちなかったけれど、それも夏バテだったのだろう。

 寒くなって、朝布団から出られなくなる、というのとは違う。今は眠ることが気持ちよくて、ずっと眠っていたくて布団から出られない。
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月夜 [雑文]

 十五夜の夜は、昼間のように明るくて、街灯のない田畑の中の農道もいつもと違って見える。実ったばかりの、少しだけ頭を垂れた稲穂が、月の光に照らされている。海を照らす月が、その光で海上に道を作るように、稲穂の上にも光の道ができていた。

 田畑の間には、ぽつぽつと耕作放棄された畑がある。
 そこは荒地のようになっていて、夏草が伸び放題に生い茂っていた。
 その中に、宵待草の花が咲いていた。
 明日の朝には、すっかりしおれてしまう、薄い黄色の花。
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猛暑 [雑文]

 昔の作りの家なので、夏の暑さをいかに乗り切るか、ということを念頭に建てられている。最近の家は床下がないそうで、それを知った時には驚いた。冷房することを前提に、密閉して断熱するようになっているそうだ。風通しはどうなっているのだろう。

 建てた時、木造平屋だった家は、鉄筋を通して途中で二階を増築した。そのせいなのか階段には踊り場がなく傾斜が急だ。二階には四畳半と六畳の二部屋がある。

 一階は四畳半二間と六畳の座敷、トイレ、風呂、台所がある。ふすまで仕切られているので、窓やふすまを開ければ家の中を風が通る。周りは畑ばかりで遮るものもない。南側の窓と二階の窓を開けておくと、夏でもいい風が抜けた。南側の、隣の敷地には大きな栗の木が、夏には葉を茂らせるので、ちょうどよい木陰もできた。木漏れ日とそこを抜けてくる風は、気持ちがよかった。

 それで長らく家にはエアコンがなかったのだけど、さすがに近年の夏の異常な暑さに、とうとうエアコンを取り付けた。取り付けたのは南向きの居間だけだった。夜になればそれなりに気温も下がって、寝る部屋にエアコンがなくても問題ないはずだった。熱帯夜でも扇風機があれば。

 先週は連日の熱帯夜に扇風機を回していても、その暑さに寝苦しくてとても寝付けず、いつのまにか寝ていたものの、何だか寝た気がしなかった。もう1週間以上、寝不足のような感覚でいる。今夜は布団をエアコンのある居間へ持ち込んで、そこで寝ようと思う。
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遠雷 [雑文]

 窓の外に不思議な音を聞いて、すぐにそれが屋根に当たる雨粒の音だと気づく。
 まだ午前中だというのに、夕立のような大きな雨粒が屋根をたたき始めた。
 雷も鳴りだす。
 次第に強くなる雨が屋根をたたく音は、耳を聾するほど大きくなる。
 家の中にいると、その音は避けようがない。
 雨音に圧迫されるように、息苦しくなってくる。
 三十分ほど降った雨は少しずつ雨足を弱め、雲の切れ間から青空がのぞいた。
 それでもまだ、未練のように小雨が降っている。
 遠雷が小さく聞こえる。
 しばらくすると、雨はすっかり上がり日差しが戻ってきた。
 窓を開けると涼しい風が入ってくる。
 床に目を落とすと、なぜか赤アリが二匹、忙しなく歩いていた。
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