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谷戸 [雑文]

 この辺りは丘陵で、その谷間にある田んぼは、谷の起点を頂点とする三角形に作られている。谷の入り口から畦を歩くと、少しずつの上り坂になっていて、だから田んぼは棚田の形をしている。両脇には鬱蒼とした雑木林があって、畦に沿って小さな流れがある。丘陵に降った雨は、その斜面に染み入って、それなりの時を経て(あるいはすぐに?)、どこかから湧いて出るのだった。田んぼには、その水が引き入れられている。 ただ、そうした地形では、広大な平たい土地に作られる水田のような、近代農業における利便性はなく、細々と田んぼの持ち主の糧食として稲が植えられるばかりだった。それも次第に廃れていった。

 その場所に行ってみたのは小学生の時以来で、もうすぐ梅雨入りしようかという初夏の頃だった。耕作放棄地というのか、田んぼには一面夏草がはびこっていて、畦に沿った水路には往時と変わらず小さな流れがあった。しゃがみ込んで流れをのぞいてみると、小さなタニシやヤゴのような水棲生物も見られるのだった。ここから、ほんの少し離れれば畑地が次々と宅地になって、建売住宅が続々と建てられていることを思うと、周囲の雑木林で視界を遮られている谷戸の地形は、結界の内側にいるような気持ちにもさせるのだった。

 さびれた田んぼの風景も、夏には周囲の濃い緑や小川のせせらぎ、時おり吹く風に郷愁を覚えることもある。冬に行ってみると、雑木林は葉を落とし、田んぼは一面枯草色になっていて、ただたださびしい冬枯れの野という印象だった。
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