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雨傘 [雑文]

 玄関を出たところで、ぽつりと顔に雨粒が当たった……ような気がした。空を見上げて、しばらくじっとしてみたけれど、それ以上、雨の気配は感じられなかった。空にはどんよりと、灰色の雲が重たく垂れ込めている。
 傘立ての傘を手にして、そのままバス停へ向かった。出かけるなら念のため、傘を持って行った方がよいと思わせるような空模様だった。もう日も暮れる。今夜は冷え込むことになりそうだ。

 五分遅れでバスが来た時も、まだ雨は降っていなかった。駅までの道のりはバスで十分ほど。吊り革につかまって車窓から外を眺めている間も、雨は降りださなかった。今度、折り畳みの傘を買おう、と思う。

 終点の、駅の停車場に着いてバスのステップを下りた。
 外に出たところで、ぽつりと首筋に雨粒が当たった。
 大した雨ではなかったけれど、ぱらぱらと降り始めた雨は、濡れるにまかせるには鬱陶しい降り方で、仕方なく傘を広げる。
 傘の先で尻から糸を引いた、小さな蜘蛛が一匹揺れていた。傘立ての中で、閉じた傘のすき間から入り込んだものらしい。指で糸をつまんで、脇の植え込みへ落とす。
 人間にとってバスで十分ほどの移動だけれど、蜘蛛にとってはたいそうな距離だ、と思った。
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