城跡 [雑文]
近所に城跡がある。
それを説明する看板があるから、そうだと分かるような、そんな城跡だ。昔々は、この辺りによくある雑木林の一つだった。そこが公園のように整備され、トイレや東屋までできた。整備されて初めて、その土塁があらわになって、なるほど確かに城跡だ、と思わせるような場所だ。
ぐるりにソメイヨシノや枝垂桜があって、それは元々あったのか後から植えたのか、そこのところは分からない。本当に小さな城跡の中に小道が巡らされ、道に沿って桜が咲く。小道にはベンチもある。一周するのに二、三分という小さな城跡だ。
低い丘陵の崖上にあって、そこに立ってみると、眼下に広々とした田園風景が見渡せる。なるほど、いわゆる山城と言われる城だ、ということが分かる。少し立派な見張り台、といった程度の城だったのだろう。
以前にここで、たぶん近所の人たちがお花見をしていた。小振りのプロパンガスのボンベまで持ち込んで、肴はその場で調理したものらしかった。その時は、とてもうらやましく感じながら通り過ぎた。
今はすっかり桜も散り、人の背丈よりも高いミツバツツジが咲き誇っている。
いつかここでひっそりと、一人で酒を飲みながら花見をしたいと思っている。
それを説明する看板があるから、そうだと分かるような、そんな城跡だ。昔々は、この辺りによくある雑木林の一つだった。そこが公園のように整備され、トイレや東屋までできた。整備されて初めて、その土塁があらわになって、なるほど確かに城跡だ、と思わせるような場所だ。
ぐるりにソメイヨシノや枝垂桜があって、それは元々あったのか後から植えたのか、そこのところは分からない。本当に小さな城跡の中に小道が巡らされ、道に沿って桜が咲く。小道にはベンチもある。一周するのに二、三分という小さな城跡だ。
低い丘陵の崖上にあって、そこに立ってみると、眼下に広々とした田園風景が見渡せる。なるほど、いわゆる山城と言われる城だ、ということが分かる。少し立派な見張り台、といった程度の城だったのだろう。
以前にここで、たぶん近所の人たちがお花見をしていた。小振りのプロパンガスのボンベまで持ち込んで、肴はその場で調理したものらしかった。その時は、とてもうらやましく感じながら通り過ぎた。
今はすっかり桜も散り、人の背丈よりも高いミツバツツジが咲き誇っている。
いつかここでひっそりと、一人で酒を飲みながら花見をしたいと思っている。
春宵 [雑文]
少し前であれば、もうとっぷりと日の暮れている時間に、家路を急いだ。秋の日はつるべ落としと言うけれど、春の宵は夜が少しずつにじむように暗くなり始める。いつ日が落ちたのか、と気がつくのは、だいぶ暗くなってからだ。
街灯もない狭い路地を左に折れる。
両脇に高い板塀の続く道はまっすぐで、突き当りの丁字路に石敢當が見える。
丁字路を左へ数歩入ったところで、背後が薄ぼんやりと明るい気がして立ち止まった。振り返ると、後ろへ続くまっすぐな道が高い板塀の上に灯された、いくつものぼんぼりに照らされているのだった。
ぼんぼりは鈴なりに、振り向いた路地の奥まで連なり、細い道を両脇から淡く白く照らしている。そちらも突き当りが丁字路で、石敢當が置かれているはずだけれど、距離があって薄暗く、見えない。
一歩を踏みだすと小さく鈴のなる音が聞こえた。
立ち止まって耳をすませてみる。二度は聞こえなかった。
――お急ぎではなかったの?
唐突な女の声に辺りを見回すと、いつからそこにいたのか、目と鼻の先に女が一人立っていた。夕食の時間に間に合わせようというだけで、何か特別な急ぎの用件があるわけではない。
女は半ばこちらに背を向けてうつむいている。顔は見えない。ほとんど白に見える、薄い紫を帯びた和装で、乱暴に結い上げた後ろ髪の下に、細く青白いうなじがのぞく。
――この先は奈落ですよ。
女が言った途端、ぼんぼりが消えた。
すっかり暗くなった路地の奥に向かって、満開の白木蓮が並んでいた。
街灯もない狭い路地を左に折れる。
両脇に高い板塀の続く道はまっすぐで、突き当りの丁字路に石敢當が見える。
丁字路を左へ数歩入ったところで、背後が薄ぼんやりと明るい気がして立ち止まった。振り返ると、後ろへ続くまっすぐな道が高い板塀の上に灯された、いくつものぼんぼりに照らされているのだった。
ぼんぼりは鈴なりに、振り向いた路地の奥まで連なり、細い道を両脇から淡く白く照らしている。そちらも突き当りが丁字路で、石敢當が置かれているはずだけれど、距離があって薄暗く、見えない。
一歩を踏みだすと小さく鈴のなる音が聞こえた。
立ち止まって耳をすませてみる。二度は聞こえなかった。
――お急ぎではなかったの?
唐突な女の声に辺りを見回すと、いつからそこにいたのか、目と鼻の先に女が一人立っていた。夕食の時間に間に合わせようというだけで、何か特別な急ぎの用件があるわけではない。
女は半ばこちらに背を向けてうつむいている。顔は見えない。ほとんど白に見える、薄い紫を帯びた和装で、乱暴に結い上げた後ろ髪の下に、細く青白いうなじがのぞく。
――この先は奈落ですよ。
女が言った途端、ぼんぼりが消えた。
すっかり暗くなった路地の奥に向かって、満開の白木蓮が並んでいた。