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草萌 [雑文]

 毎年勢いのよい庭のチェリーセージに、今年はちっとも葉が出なかった。ハーブ類は頑健だそうだから、そのうち花も咲くだろうと気にもしていなかった。もっとも寝起きの頭のように細い枝を、四方に伸ばしてジャマだったから、そのうち引っこ抜いてしまおうかとも思っていた。
 同じ頃、玄関わきのレンギョウも寒々しい枝ばかりで新緑の出る気配もなく、こちらは枯れたのではないかと心配した。

 春先の寒暖差の激しい日が続き、降ったり照ったりを繰り返すうち、あっという間にレンギョウは緑の葉を出し、黄色い花をつけた。
 雑草の類も一斉に伸びた。雑草の中には、どこから種がやって来たのか、近年つる性の植物が幅をきかせていて、狭い庭の地面を覆い尽くす。同じようにどこから来たのか、ヒノキに似た葉を出すシダ植物が、いつの間にか庭の馴染みになってしまった。

 短期間での緑の変貌ぶりに驚く。
 あまり日の当たらない家の裏にも、雑草は容赦なく伸びた。その辺りには地べたにコケも張り付いている。世の中には苔料理というものもあるらしいが、それらはきっと食べられないだろうと、見た目で思う。

 肝心のチェリーセージはというと、いまだに葉も出ず花も咲かず、枯れたような細い枝を伸び広げたままだった。
 結局、大きな刈込ばさみを持ちだして、その枯れたような細い枝を根元近くから切ってしまった。そのうち、根から掘り起こして整地してしまおうと思う。
 チェリーセージの匂いは好きなのだが。
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城跡 [雑文]

 近所に城跡がある。
 それを説明する看板があるから、そうだと分かるような、そんな城跡だ。昔々は、この辺りによくある雑木林の一つだった。そこが公園のように整備され、トイレや東屋までできた。整備されて初めて、その土塁があらわになって、なるほど確かに城跡だ、と思わせるような場所だ。

 ぐるりにソメイヨシノや枝垂桜があって、それは元々あったのか後から植えたのか、そこのところは分からない。本当に小さな城跡の中に小道が巡らされ、道に沿って桜が咲く。小道にはベンチもある。一周するのに二、三分という小さな城跡だ。
 低い丘陵の崖上にあって、そこに立ってみると、眼下に広々とした田園風景が見渡せる。なるほど、いわゆる山城と言われる城だ、ということが分かる。少し立派な見張り台、といった程度の城だったのだろう。

 以前にここで、たぶん近所の人たちがお花見をしていた。小振りのプロパンガスのボンベまで持ち込んで、肴はその場で調理したものらしかった。その時は、とてもうらやましく感じながら通り過ぎた。

 今はすっかり桜も散り、人の背丈よりも高いミツバツツジが咲き誇っている。
 いつかここでひっそりと、一人で酒を飲みながら花見をしたいと思っている。
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春宵 [雑文]

 少し前であれば、もうとっぷりと日の暮れている時間に、家路を急いだ。秋の日はつるべ落としと言うけれど、春の宵は夜が少しずつにじむように暗くなり始める。いつ日が落ちたのか、と気がつくのは、だいぶ暗くなってからだ。
 街灯もない狭い路地を左に折れる。
 両脇に高い板塀の続く道はまっすぐで、突き当りの丁字路に石敢當が見える。
 丁字路を左へ数歩入ったところで、背後が薄ぼんやりと明るい気がして立ち止まった。振り返ると、後ろへ続くまっすぐな道が高い板塀の上に灯された、いくつものぼんぼりに照らされているのだった。
 ぼんぼりは鈴なりに、振り向いた路地の奥まで連なり、細い道を両脇から淡く白く照らしている。そちらも突き当りが丁字路で、石敢當が置かれているはずだけれど、距離があって薄暗く、見えない。
 一歩を踏みだすと小さく鈴のなる音が聞こえた。
 立ち止まって耳をすませてみる。二度は聞こえなかった。
 ――お急ぎではなかったの?
 唐突な女の声に辺りを見回すと、いつからそこにいたのか、目と鼻の先に女が一人立っていた。夕食の時間に間に合わせようというだけで、何か特別な急ぎの用件があるわけではない。
 女は半ばこちらに背を向けてうつむいている。顔は見えない。ほとんど白に見える、薄い紫を帯びた和装で、乱暴に結い上げた後ろ髪の下に、細く青白いうなじがのぞく。
 ――この先は奈落ですよ。
 女が言った途端、ぼんぼりが消えた。
 すっかり暗くなった路地の奥に向かって、満開の白木蓮が並んでいた。
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怪火 [雑文]

 このところ立て続けに、夜に火事があった。火事があると、市内にいくつもあるスピーカーから火災発生の知らせが流される。聞いていると、みな枯草火災だった。この辺りには宅地造成前の空き地や、耕作放棄された畑が多い。今の時期はそこに枯草がはびこっている。冬の乾いた空気と強い北風。ちょっと火がついたら、瞬く間に燃え広がるだろう。

 ただ、そんなところには火の気がないはずなのだ。放火でなければ、火のついたタバコのぽい捨てくらいしか原因に思い至らない。しかも夜なのだ。昼間に捨てたタバコの火が、ずっとくすぶっていて夜になって燃え上がったか。もっとも、そんなところへ火のついたタバコを捨てたら、未必の故意を疑われかねない。

 ふと狐火のことを思いついた。この辺りは狐火がよく見られる。狐火は燃えるのだろうか。キツネの他にもタヌキやイタチ、ハクビシンなどのケモノも棲む土地だ。火を使えるケモノを、キツネとヒトに限ることもないだろう。野山に棲むケモノたちが、あわてるヒトを尻目に、競うように火をおこしているのかもしれない。
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春野 [雑文]

 山を歩いてきたよと、知人がタラの芽を置いていった。寒さがゆるむ頃に、最初に口にする山菜はタラの芽だ。山歩きが趣味の知人が、今頃になると毎年置いてゆく。山の中の、道なき道を藪漕ぎするような山菜採りではない。山歩きも、ハイキングコースや林道だ。そのついでに、道の際にひょろひょろと、細く長く伸びるタラの木からいくつかを摘む。日当たりのよいところで育つから、この辺りの雑木林では見かけない。植林のために切り拓かれた山の斜面が、見つけやすくて歩きやすく、よいのだそうだ。

 もう少し経つと田や畑の畦に、フキノトウが見られるようになる。タケノコではないけれど、ほんの少し土から顔を出したくらいがおいしい。
 ワラビ、ツクシ、ゼンマイ、ノビル。山ではなく野に出る野草もひとくくりに山菜と呼ぶそうだ。採って歩くことはないけれど、薹が立ったワラビやフキノトウを見かけると残念な心持ちになる。

 去年はヨモギを摘んで草餅を作った。
 上新粉に少しずつ水を加えながら、茹でてすりつぶしたヨモギとこねる。淡く薄い緑になった生地は、文字通り上品なヨモギ色になるが、市販の餡をつつんで茹でると濃い緑になって品がなくなる。茹で饅頭だから、噛んだ時に中から湯が飛び出して舌をやけどすることもある。元々それほど上品に食べるものでもないのだ。試したことはないけれど、一度蒸かしてみたいとは思う。

 水の引き入れられる前の田に、セリを摘む人たちがしゃがみ込んでいるところを見るようになるのは、それからもう少し後のことだ。


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谷戸 [雑文]

 この辺りは丘陵で、その谷間にある田んぼは、谷の起点を頂点とする三角形に作られている。谷の入り口から畦を歩くと、少しずつの上り坂になっていて、だから田んぼは棚田の形をしている。両脇には鬱蒼とした雑木林があって、畦に沿って小さな流れがある。丘陵に降った雨は、その斜面に染み入って、それなりの時を経て(あるいはすぐに?)、どこかから湧いて出るのだった。田んぼには、その水が引き入れられている。 ただ、そうした地形では、広大な平たい土地に作られる水田のような、近代農業における利便性はなく、細々と田んぼの持ち主の糧食として稲が植えられるばかりだった。それも次第に廃れていった。

 その場所に行ってみたのは小学生の時以来で、もうすぐ梅雨入りしようかという初夏の頃だった。耕作放棄地というのか、田んぼには一面夏草がはびこっていて、畦に沿った水路には往時と変わらず小さな流れがあった。しゃがみ込んで流れをのぞいてみると、小さなタニシやヤゴのような水棲生物も見られるのだった。ここから、ほんの少し離れれば畑地が次々と宅地になって、建売住宅が続々と建てられていることを思うと、周囲の雑木林で視界を遮られている谷戸の地形は、結界の内側にいるような気持ちにもさせるのだった。

 さびれた田んぼの風景も、夏には周囲の濃い緑や小川のせせらぎ、時おり吹く風に郷愁を覚えることもある。冬に行ってみると、雑木林は葉を落とし、田んぼは一面枯草色になっていて、ただたださびしい冬枯れの野という印象だった。
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満月 [雑文]

 東の空に昇った大きな月が、心なしかうっすら緑がかって見えた。ヨモギの葉裏の薄い緑をさらに水で薄めたような、ほんのわずかの緑。その月が暗い蛍光灯のように、ぼんやりと輝く。冴え冴えとした冬の満月に温みがあるように見える。

 中天にかかる頃には、月はずいぶん小さくなった。

 色味の違いは分からなくなり、いつもの満月と変わらない。月明かりで辺りは薄暮のような明るさだ。中天の月は家々の屋根を照らし、庇の下に黒々と影を作った。

 それぞれの影の中には、それぞれ鴉が一羽と蝶が一頭、どちらも黒い。
 両者のにらみ合いは、月が山の端かかるまで続く。
 少しずつ薄れる影につれ、鴉も蝶も次第に色をなくしてゆく。

 そして完全に無色になると両者はついに消滅した。
 家々の中では、それぞれの家族が幸せそうに眠っている。
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甘味 [雑文]

 日頃、目覚まし時計は朝六時にセットしていて、休日も無駄に過ごしたくないと、やはり同じ時間に起きるつもりでいるのだけれど、どうも二度寝をしてしまう。目は覚めていても布団の中があまりに気持ちよいので、まどろむように布団の中をごろごろしている。仰向けから横になり、胎児のように体を丸め、かと思えばうつぶせになって、顔を敷布団に押し付けて首を振り、これでもかというくらいの気持ちよさを満喫する。夏の暑い時期であれば、暑くて寝ていられない、というふうに布団を出るのだけれど。

 昨日は雪も降っていたし、今朝はどの程度の降雪量なのだろうと、起きて外を見てみれば、キレイな晴天で、今日のうちに雪はとけてしまうだろう、といった空模様だった。時計を見ると八時半になるところだった。結局二度寝をしてしまったのだ。水道も凍っていなかったので、今朝はそれほど冷え込まなかったとみえる。朝食をとった後、いつもの散歩コースへ出てみることにする。

 雪は日陰にわずかに残っているくらいで、大したことはなかったみたいだ。キレイな雪景色を見たいと思う反面、通勤や生活の利便を考えると、やはり雪は降らない方がいい。いつものルートを散歩しながら、ふとケーキを買いに行くことを思い立つ。いつも行く店ではない、以前から気になっていたケーキ屋が二軒あったものだから。

 最初の店が外からショウケースを見たら、あまりそそられるケーキがなかったのでやめにして、二軒目に行く。しかしケーキ屋だと思っていたその店は、パン屋だったことが判明し、結局いつものケーキ屋に行くことになる。

 どうせ人の腹に入ってしまう食べ物に対し、これほどまでの装飾をケーキにほどこすパティシエの熱意に感動すら覚える。ショウケースの中の色とりどりのケーキから、どれを選ぶか、目移りしてしまって時間がかかる。ようやく選んだのは、ベイクドチーズケーキ、モンブランショート、オペラショートの三つ。帰ったらコーヒーと一緒にいただきます。昼食として。

 甘いものというのは、意外と満腹中枢を刺激するらしく、ケーキ一つが十分昼食替わりになる。夕方から飲み始める時には空腹でいたいので、昼食はこんな感じでちょうどよい。コーヒーとオペラショートをいただきながら、夜の肴を考える。
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甘酒 [雑文]

 朝、水道が凍っていることは冬によくあること。
 蛇口を開けるとほんの少しだけ水が出る。そのまま流しっぱなしにしておくと、しばらくして水が出るようになるけれど、今朝の凍結は頑固だった。まず蛇口の把手の部分まで凍っているようで動きが鈍い。ポットに残っていた湯をかけると、蛇口はスムーズに動くようになったが、水の出る気配はまったくなかった。

 風呂場の水道は凍っていなかったので、こちらを使って湯を沸かす。風呂場と台所は異なった配管になっているようだ。外の水道もダイジョブだった。外の方がよっぽど凍るような気もするのだが。

 湯を沸かして朝食にする。
 夕べから流しにつけっぱなしにしておいた、皿やコップにたまった水にも少し氷が張っている。洗い物は水が出るようになったらやることにする。

 困ったのは洗濯だった。
 洗濯物は一週間分ためたものをまとめてする。洗濯機に洗い物を放り込み、全自動のスイッチを入れても水が出てこない。風呂場から水を汲んできて洗濯槽に入れてみようかとも思った。けれど全自動だから、そういうことをすると洗濯機の思惑から外れてしまって、うまくゆかなくなるのじゃないかと心配になり、やめる。

 午前十時。
 私室から出ると水の流れる音がした。開け放しておいた台所の水道が出始めていた。洗濯機を動かすとこちらはまだ出ない。皿やコップだけを洗い、もうしばらく待つことにして私室へ戻る。

 直に洗濯機からも水が出るようになり、なんとか午前中にやるべき家事を終えることができた。

 水が出るのを待つ間に、ふと思いついて甘酒を作る。
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冬鳥 [雑文]

 田んぼが広がる平らな土地の真ん中を、小さな川が流れている。田んぼは、この川から水を引き入れている。周りは低い山に囲まれた丘陵で、今はその山肌に葉を落とした木々がばかりが輪郭を濃くしている。川にはいつもカルガモがいる。留鳥というそうだ。カルガモは田んぼに水が張られる頃、田んぼへも出張ってくる。植えられた小さな苗の間を、エサを探しながら泳ぐ。

 冬になり山にエサが少なくなると、鳥が山から里へ下りて来る。一番よく見るのはメジロだ。庭木の枝にミカンを刺したり、庭に作ったエサ台にミカン置いたりする家があって、鳥寄せをしている。たくさんのメジロがエサ台に集まった、目白押しの様子を見たこともある。

 葉を落とした枝の間を素早く動き回る小さな鳥はエナガだ。ピンポン玉ほどの小さな鳥は、小さい上に高い枝で群れていることが多く、単眼鏡でのぞいてそれと分かるくらいだ。木の幹を突きながら跳ねるように移動するコゲラは見つけやすい。見られるのは背中ばかりだけれど。モズやジョウビタキは木のてっぺんや、畑にたてられた杭の先でじっとしていることが多い。

 冬鳥が渡りをしてきたことに、最初に気がつくのはマガモを見る時だ。カルガモの中にいつの間にか、違う種類の鳥が混じっている。それからしばらくするとコガモやオナガガモが増える。そして野原でじっと、あらぬ方向を見上げてたたずむツグミを見ると、冬が来たのだなと思う。
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